森村衣美のご遷宮へのいざない
Vol.6
外宮遷御の儀を奉拝して

たなぼた話が舞い込んできて、私は第62回神宮式年遷宮のクライマックス行事である遷御(せんぎょ)の儀を奉拝できることになりました。8年の歳月をかけて整えられた新しいご社殿へと、神様にいよいよお遷りいただく儀式です。

私が奉拝した外宮の遷御の儀が行われたのは10月5日午後8時。その日の伊勢市の天気予報は雨。雨女の私が動く先々、雨の予報です。それにもかかわらず、私には遷御の儀が大雨に見舞われる気がしませんでした。10年近く前に参列した外宮さんの神嘗祭の夜、それまでのどしゃ降りの雨が嘘のように上がったからです。今回もあの時のような神の御業を期待したのかもしれません。

午後3時半、伊勢市駅に降り立つと、空は白色の曇天。伊勢市駅前は雲に覆われながらも、数年前に訪れた時より、ずっと明るく感じられました。伊勢市駅は外宮さんへの玄関口。外宮前へと続く参道の入り口に、真新しい素木の鳥居が建っていました。ご遷宮用の木を育てる神宮の宮域林(きゅういきりん)から間伐材の提供を受けて建てられた鳥居だそうです。駅を出た左手には、ステキなたたずまいの手荷物預かり所もできていました。真新しい鳥居をくぐって歩く参道の両脇には、伊勢名物を食すことのできるお店や新しい旅館、休憩所などが軒を連ね、参拝前のうきうき感を味わえるようになっていました。

20年ぶりのご遷宮に合わせて、伊勢の街もまた新しく生まれ変わるのだと感じました。次期ご遷宮を見据え、街が動く。「20年」というスパンは、ちょうどいい期間なのかもしれません。次期ご遷宮を迎える頃には、青年は中年にさしかかり、中年だったおじさんは、まだまだ元気な60代。30年でなく20年だからこそ、人も街を活気づけることができるのかもしれません。


さて、10月5日(土)の外宮は、午後1時より終日、一般参拝が停止されていました。奉拝者の手続きを済ませ、外宮神域へ。奉拝者のための座席は、東西に隣接する新旧社殿と参道の南側に設けられており、私は指定の位置に午後4時過ぎに着席しました。ご高齢の方も多く見受けられ、3600人と言われる奉拝者が、このままじっと4時間も着席していられるものだろうかと心配になりましたが、これは杞憂に終わりました。

午後5時半、まずは社殿の造営に携わった百名近い小工(こだくみ)が、参列員として参進されました。午後6時。空は青みを帯びた灰色で辺りは暗く、リロリロリロと虫の音が響きます。遠くで響いた太鼓を合図に参進の列が玉砂利をざっざっと踏みながら近づいてきます。臨時神宮祭主黒田清子さんや、大宮司・小宮司以下百数十人に及ぶ奉仕員が古儀のままの束帯や衣冠を纏い、松明の灯りに照らされて参道を進んでいらっしゃり、旧いお社の外垣の内側へ入られていきました。

午後7時。ほんの少しの雨。御正殿開扉(ごしょうでんかいひ)により、御正殿の御扉(みとびら)が開かれ、殿内では渡御の列次が整えられているとのこと。私たちはギィィィィキュイという御扉が開かれる音を遠くに聴きました。風が吹き、木の葉が舞い落ちます。私たちが目にすることができるのは、道敷(みちしき)といって、旧い御社殿から出てくる渡御の行列が、新しい御社殿へと進まれる一本道に、白い麻布を敷いていく作業です。

手元の時計は午後7時53分、参道のすべての灯りが消えました。これが浄闇(じょうあん)と呼ばれる闇でしょうか。曇天の夜空は、青暗さの中にいつまでも白色を含み、真っ暗になりません。午後7時55分。カケローカケローカケロー。時を告げる鶏の鶏鳴三声(けいめいさんせい)が遠くから聴こえました。午後8時。出御(しゅつぎょ)の声が杉木立の向こうに小さく聴こえると、御神体は旧正殿を出られ、絹垣(きんがい)と呼ばれる白い絹のベールに囲われて、白い麻布の道を新宮(にいみや)へと渡られます。絹垣を前後に挟み、新調された太刀や弓といった御装束神宝(おんしょうぞくしんぽう)を持つ前陣、後陣が、雅楽の調べと共にゆっくり新宮へと歩を進めます。足元を照らす松明のけむりが立ちのぼり、絹垣の輪郭を揺らします。太古の昔が今を覆い、今は昔と重なりました。浄闇の静寂に包まれた、しめやかな渡御行列は、葬送行列のようにも映り、生と死が同時に在るような思いがしました。遷御の儀は、センセーショナルな儀式ではありませんでした。華やかさはなく、厳かでした。私は、これからの20年、その見通しのきかない道を、足元の確かな一歩を積み重ねて進んでいくしかないと思いました。渡御の行列が新正殿域内に入り、御装束神宝が殿内に納められ、全てが整うと、再びギィィィィキュイという、今度は御扉が閉じられる音を遠くに聴きました。先ほどまでより少し冷たい風が、スーッと吹き抜けました。

一転、翌日の外宮さんには秋の光がさし、たくさんの参拝客が御正殿までの参道を埋めて列をなしました。お正月さながらの賑わいです。新宮に遷られた神様を参拝するのに1時間近くかかりました。青空のもとで見る旧正殿と新正殿。色あせた外垣と真新しい外垣が対照的です。昨夜の静寂と今日の賑わい。神様の時間と人の時間というコントラストを、互いに行き来して、どちらもが在るのでしょう。「神は人の敬(うやまい)によりて威を増し、人は神の徳によりて運を添う」という言葉が御成敗式目にあるそうです。「神は人から敬われることによって霊験があらたかになって益々その威力を発揮するようになり、また人は、神を敬うことによって、より良い運を与えられる」という意味だそうです。鳥居をくぐると、空気の感じが変わり、爽快感の中にも、しーんとした心持ちが生じます。私は神様に詣でることと、自分の良心にしたがって生活しようとする気持ちは、近しい気がしています。考えてみれば、いつの時代にも見通せる未来などありません。自分の足元の一歩一歩を誠実に歩み、その日常と地続きの楽しみや喜びを味わいながら生活していけたら幸せです。遷御の儀の奉拝が叶い、心に何が生ずるかと思っていましたが、それはとても平凡でした。そして、子どもたちが大人になる20年後のご遷宮が、その時代の活気の中で当然に行われますように、その根幹をなす、社殿を造営する小工さんやご神宝を調製する職人さんが、確実に次代に受け継がれていきますようにと、願います。


平成17年(2005)に行われた山口祭から8年をかけて進められてきた第62回神宮式年遷宮は、内宮・外宮での遷御の儀と、それに伴う一連の祭事を終え、また、続いてご遷宮が行われる別宮14社のうち、内宮の第一別宮である荒祭宮(あらまつりのみや)は10月10日、外宮の第一別宮である多賀宮(たかのみや)は10月13日に遷御を終えています。この後、残る別宮のご遷宮が順次行われていく予定です。

また平成26年(2014)3月まで、古殿地(こでんち)拝観といって、外宮さんの正式参拝の折に、隣接する古いお社の御敷地を歩き、旧社殿を間近に見ることができるとのことです。

新しい20年の始まりに、伊勢神宮をお参りしてみてはいかがでしょうか。

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