森村衣美のご遷宮へのいざない
Vol.3
伊勢神宮のしくみ

説明的なことも多くなりますが、今回は、まず125社のことから、伊勢神宮を支えるしくみについて書きたいと思います。


[125社のこと]
伊勢神宮とは、三重県伊勢市とその周辺に広がっており、内宮(ないくう)・外宮(げくう)を中心とした大小125社の総称です。伊勢神宮は通称で、正式には、神宮です。内宮は正式には皇大神宮(こうたいじんぐう)、外宮は正式には豊受大神宮(とようけだいじんぐう)。内宮には天照大御神(あまてらすおおみかみ)、外宮には豊受大御神(とようけのおおみかみ)がまつられています。豊受大御神とは、天照大御神のお食事を司る神様です。内宮・外宮の両正宮(しょうぐう)の他に、別宮(べつぐう)、摂社(せっしゃ)、末社(まっしゃ)、所管社(しょかんしゃ)といういくつもの神社があり、合わせて125社あるというわけです。

大小125社の総称であるという知識は、伊勢神宮を知ろうとする際、一般的にも最初に説明される知識でしょうか。
例えば所管社に区分されるお社として、饗土橋姫神社(あえどはしひめじんじゃ)、上御井神社(かみのみいのじんじゃ)、神服織機殿神社(かんはとりはたどのじんじゃ)などがありますが、振り仮名がなければ読むことさえできない宮社名を前に、かつては眩暈がしたものです。それぞれにおまつりされている神様のお名前も、ズラリ漢字の羅列。読むことさえできないと、一つもわかった気がせず、「なんだか、よくわからない」という感覚に捉われます。しかし同時に「全体的によくわからないけれども、気持ちのいいところ」と感じられるのも伊勢神宮の魅力です。森域が神域、境内は空にのびた木々に包まれ、引き締まった空気で満ちています。山折哲雄先生がフォーラムで「(本日は理屈から始めますが、)本当は、神様は感じるものです」とおっしゃいました。わからないことに甘んじてはいけませんが、まず「感じる」伊勢をおすすめします!

さて、饗土橋姫神社には、内宮の入り口となる宇治橋を守る神様、上御井神社には井戸の神様、神服織機殿神社には神服織機殿の守り神の神様がおられるとのこと。同じく所管社の滝祭神(たきまつりのかみ)は社殿のない所管社で、内宮を流れる五十鈴川(いすずがわ)の川の神、水の守り神がまつられています。御稲御倉(みしねのみくら)には稲魂(いなだま)、言いかえれば、お米の神様がおられます。別宮の風日祈宮(かざひのみのみや)や風宮(かぜのみや)は、風の神様がまつられています。土宮(つちのみや)には地主神、荒祭宮(あらまつりのみや)には、天照大御神の荒御魂(あらみたま)がまつられているとのことです。

はて、ここでまた荒御魂とは何でしょう…。「あら」「ある」という日本語の持つ哲学について、以下、中西進先生のお話です。

「あら」「ある」「あり」というと、みなさんどんな漢字を思い浮かべるでしょうか。「荒」「新」「在」など、これらは全部「ある」という単語で、意味も別々ではありません。「荒々しい」とは、存在が活発なものであるということです。活発でなければ「ある」とは言えない。「新しい」を現在は「あたらしい」と言いますが、昔は「あらたしい」でした。「新(あら)ための年」などと言いました。もう一つは「生まれる」を「ある」と言います。「存在する」ということは「生まれてくる」ことにおいて存在することであり、それが日本人の「あり」という言葉だそうです。私たちは存在の原点に「ある」という哲学を持っている。生まれた、その結果、ここに在る。どんな風に在るのかといえば、活発に荒々しく在る、これが荒御魂だそうです。精魂活動を活発にしていくもの、それが「ある」という存在だという哲学です。

私たちが生まれて存在している=「ある」というエネルギーに満ちている、ということでしょう。私は他の人から見ると楽しそうに生きていて悩みもなさそうに見えるらしいのですが、自己を肯定する力が強くなく、母親となっている今でさえ、自分は生まれても生まれなくてもどちらでもよかったけれど、生まれちゃったから生きている…と思っている節がありました。しかし、そもそも、生まれてきたことが、活発なエネルギーそのものであったのです。「ある」の哲学に出会い、生まれて生きていることを、もっと、根拠もなく、前向きに捉えればよいような気持ちになりました。「ある」ことを内包する存在の原点に立ち返ると、日々の生活の基本姿勢が自ずとポジティブに、今生きていることを改めて肯定できるような気がします。日本語の「あり」「ある」という単語は極めて大事な言葉であるというお話でした。

さて、話は125社でした。橋の神様、井戸の神様、機織りの神様、川の神様、お米の神様、風の神様、土地の神様、荒御魂…。森羅万象、多種多様な万物に神様は宿ります。字を見て想像すれば、おおよそどんな神様がおられるか、わかるかもしれません。125社にまつられるそれぞれの神様がそれぞれの役割を担って、伊勢神宮を構成しているのです。


[伊勢神宮を支えるしくみ]
ようやく125社の神社があることをお伝えしましたが、その先について、第5回のフォーラム「ご遷宮の魅力‐昔と今‐」にお越しくださった濱千代早由美先生よりお話を伺いました。濱千代先生は伊勢で生まれ育ち、伊勢の研究をなさっています。

伊勢神宮には125社があります。実はそれだけでは、伊勢神宮は成り立ちません。何が必要かというと、伊勢神宮の境内や伊勢神宮のおまつりを支えていく人や地域が必要なのです。もちろん神職さんがいらっしゃいますが、神職さんだけでは足りません。神宮のおまつりは、基本的に神職さんによって厳かに執り行われますが、おまつりで神様にお供えする125社分のお米やお塩が必要です。すると、ここでもうひとつのしくみが必要となってきます。神領(しんりょう)、神戸(かんべ)というものです。125社で一つの組織ですが、さらに125社をサポートする人や地域があります。すべて神宮の直轄の組織です。

お米が必要ですから、神田(しんでん)、御神田(おみた)がある。伊勢市楠部町(くすべちょう)にあります。お塩を作るところがある。伊勢市二見町(ふたみちょう)の御塩浜(みしおはま)で作られます。お野菜も必要。これには御園(みその)という場所があり、やはり二見町にあります。ここでは約百種類の野菜と果物が作られます。大事な神饌(しんせん)としてお供えするアワビを調える場所は鳥羽市です。神宮御料鰒調製所(じんぐうごりょうあわびちょうせいじょ)と言います。鯛については、愛知県知多郡南知多町の篠島に神宮御料干鯛調製所(じんぐうごりょうひだいちょうせいじょ)があります。そして神様のお召し物を作る場所は松阪市にあります。神服織機殿神社(かんはとりはたどのじんじゃ)、神麻続機殿神社(かんおみはたどのじんじゃ)です。お供えものを載せる土器を製作する土器調製所もあります。多気郡明和町の神宮御料土器調製所(じんぐうごりょうどきちょうせいじょ)です。ちなみに神様が一度お使いになった土器は土に返すそうです。

このように神様の食べ物や食器、着る物を作っている場所があります。神職さん以外の、地元の方々が奉仕という形でかかわっています。神様へのお供え物を神饌(しんせん)と言い、水、米、塩が最も大切にされますが、その他、季節の野菜や海の幸、お酒など、そのほとんどが自給自足で作られています。お塩の作り方、お野菜の作り方、土器の作り方など、ひとつひとつに興味深いお話があると濱千代先生。またの機会にお話を伺いたいと思います。

たくさんの人たちが、神様のために、作ります。昔から、たくさんの人たちが、そうしてきました。なるほど伊勢は神の国です。神様を真ん中に、人が神様との日常を丁寧に、そして心を込めて営んできたのでしょう。都会ではなかなか生活の真ん中に神様を感じることはできませんが、年に一度の神嘗祭や20年に一度のご遷宮によって、その気配を感じることを思い出します。おまつりとは、そういう意味もあるのかもしれませんね。次回は、年間千数百回に及ぶ伊勢神宮のおまつり〜ご遷宮の概要を紹介したいと思います。

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